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美味しい食事を考える

美味しいとは何か?

どのような文明の利器が発明されても人間が食べないで生きて行ける時代は来ないでしょう。
あらゆるものが機械化されて便利になっても「人と食」の関係は他に代われるものは考える事は出来ません。

 

また、栄養学的にはサプリメントなどの固形物でも人が生存するには可能かもしれませんが、はたして人類の食に対する楽しみや欲望や満たす事が出来るでしょうか。

 

最高のご馳走は「空腹なり!」と明言を吐いた方がおりますが、確かにお腹がいっぱいのときに何を食べても美味しく感じませんが、空腹のときには何でもおいしく感じられます。

 

人間と限りませんが、「空腹感」とは、食料を摂取しろと言うお知らせで身体に必要な栄養を補給しなければ身体が持たなくなりますと教えてくれるのです。

 

もし、身体の栄養が不足していても「空腹感」が感じられなくなれば、最近問題になっています「拒食症」という怖い病気になってしまうのです。

 

さて、それでは空腹感がある程度満たされても「本当に美味しいもの」や「身体にとって必要なもの」に対しても他人の身体は反応します。

 

その一例がコース料理を食べて満腹状態になっていても「デザート」を出されますと食べたくなってきます。

 

この様に考えますと「美味」には「身体が必要なものを要求する本能」という側面もありますが、同時に「一度食べたものへの記憶」もあります。

 

例えば、幼少のときに覚えた母親の手作り料理の味が忘れられないことがあります。

 

音楽でも美しい音色には他人の疲れを癒す不思議なパワーがありますが、人間の五感は自分の神経活動にとって心地よい音色や景色、味を常に求めているのではないでしょうか。

 

「美味しい」ものは人に感じ方によって大きく異なります。

変化する味の本質

前章でも記しましたが「味」を感じる人間の五感には様々な要素が関わっております。

 

その人の身体が求めているものと、幼少期からの記憶によるところが大きい事と、先祖からDNAに記憶されているものが相関的にかかわって決まる事が多いのです。

 

しかし、音楽や絵画でも同じですが多くの人たちが好む音楽や絵画がありますように、味についても多くの人々に好まれる食材や料理が存在している事も事実です。

 

幼少期に体験した料理を懐かしむ気持だけでなく、今までに体験した事のない新たな料理に強い感銘を覚える事があります。

 

日本人は、江戸時代の長い間続いた鎖国政治のために古くからの国産の食材と決った料理法で食欲を満たしてきました。

 

それが、明治維新の文明開化で欧米の食文化が紹介されたり、特に第二次世界大戦が終焉を迎えてアメリカなどから過去に日本人が味わった事のない食品が入ってきて驚かされた経験があります。

 

ハリウッド映画やジャズやカントリーの音楽にも強い感銘と憧れを抱いた経験もあります。

 

当時の日本に駐留するアメリカ軍の兵士たちの食生活を維持するためにアメリカから大量の食材や酒が輸入され、おこぼれに預かった日本人たちにアメリカの味の印象を脳裏に焼き付けたものです。

 

その後の日本人はこぞって欧米の食文化をどん欲に吸収してきまして今日に至っております事を見ますと、過去に体験しなかった「味」にも強く惹かれる事がわかります。

 

しかし、「味」に関して忘れてじゃいけない事は、長い間に日本人の身体のDNAに刻まれた記憶が新しい食材に対しても常に作用して自分たちのDNA記憶に合ったものを選別しているのです。

 

その証拠に、現在の日本に見られる外国料理の味とアメリカヤ海外で好まれる味では明らかに違ってきています。

 

日本人は、外国の食材や料理法を少しずつ自分たちの身体に必要な味覚に変えてきているのです。

 

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